モナリザは駄作?

ダヴィンチが亡くなる2年前、フランスへと移り住んだダヴィンチの元を訪れたCARDINA LUIGI d’ARAGONAという名の秘書ANTONIO De BEATISがその時の様子を綴った日記(1905年に出版)にはその時にモナリザを見たことが記載されています。

つまりはその時点でダヴィンチはモナリザを依頼主であるFRANCESCO de GIOCONDOへ納品していなかったことになります。

また、モナリザは手の部分など未完成な所があるため、ダヴィンチが生涯手を加え続けたとも言われています。

仕事が遅いことで有名なダヴィンチですが、モナリザはFRANCESCO氏に納品されることなくダヴィンチは生涯を終えたのでしょうか?

当時は裕福なパトロンが自分の富と権力の象徴として画家に芸術作品を作らせていたのにモナリザは見てのとおり、派手な装飾品を身につけず喪服みたいな服装をしていて非常に質素(貧しく?)に描かれているおり、それを見てモナリザの依頼主であるFRANCESCO de GIOCONDOが怒ってしまい、モナリザを突き返したのかもしれません・・・。

 

また、上記の説と反しますが、モナリザは度重なる修復や劣化によって今は地味な姿に見えますが、元々は衣服に美しい模様が描かれていたと言う話もあります。

 

ちなみにイタリアフィレンツェは過去の税収なども詳細に記録されているのですが、モナリザの依頼主であるFRANCESCO de GIOCONDOがダヴィンチにモナリザの製作代金を支払った記録はありません。

ということはやはり依頼主のFRANCESCO de GIOCONDO氏が出来上がりを気に入らなくてつき返したというのが本当の所なのかも知れません・・・。

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