レオナルドダヴィンチの出生についての考察

私生児として生まれたダヴィンチの母の名前はカテリーナ。
カテリーナはお嬢様だったと言われていたり樵(きこり)の娘だと言う説もあったりで血筋については定かではありません・・。

ちなみにカテリーナはその後、別の男性と結婚しました。

ダヴィンチの父もその後、結婚と再婚を繰り返し、ダヴィンチよりも父の再婚相手(母の)ほうが年下となることもありました。

また、よくレオナルドダヴィンチとは”ヴィンチ村のレオナルド”という意味であると言われていますが実際はそうではないようです。

ダヴィンチの祖父アントニオが”da Vinci”ではなく”Da Vinci”とDを大文字で記載して”ヴィンチ村のレオナルド”という意味ではないことを示そうとしたという説があります。

日本人でも”千葉”の姓を持つ方が千葉出身ではないことも多いですから上記の説は説得力があるように思えます。

また、ダヴィンチが遺した手書きの書は鏡面文字と言われてまして左右逆向きに書かれていますが、それは書いてあることを秘密にするためにではなく、ただ単に左利きだったからそのほうが書きやすかったからのようです。

ダヴィンチはそれほど自由に育てられたということですが、それと同時にまっとうな教育を受けられなかったということでもあるように考えられます。

一方、父の死についてや雇い主に当てた自己アピール文など公式な文書は鏡面文字で書かれていません。

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